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2019年6月28日金曜日

五島列島 -祈りの島々-





以前から気になっていた五島へ、長崎からジェットフォイルに乗って1泊2日で訪ねた。
五島と言っても下五島~上五島にかけて140の大小の島が連なっており、見るべき場所も数多、少々無理のある行程ではある。




船は下五島の中心福江に到着、旧五島藩の城下町で一番の賑わいのある町。
江戸時代初期には五島全体が仏教、神道が信仰の中心だったが、江戸時代中期に長崎外泊地方の大村藩領から開拓民を受け入れた。
その殆どが潜伏キリシタンだったが、五島藩ではキリシタンに対する厳しい取り締まりは行われなかったようだ。




しかし江戸幕府のキリスト教禁止政策を受け継いだ明治政府は、宗教弾圧を引き起こし迫害は悲惨を極めたが、その後の明治政府の方針転換によって信仰が認められると、信仰を守り通した信徒達は五島各地に教会堂を建設した。




島に到着し、レンタカーを借りて訪ねたのは、五島で初めて建てられた堂崎天主堂。
キリシタン資料館では、踏み絵なども見ることが出来る。







白亜のカトリック水ノ浦教会は、現存する木造教会堂としては最大規模のもので、目の前に美しい入江を望む美しい教会。




福江島には美しい高浜ビーチや断崖に立つ大瀬崎灯台など、まだまだ見るべき場所が沢山あるが、海上タクシーに乗り北の島々へ向かう。




久賀島の旧五輪教会は、殆ど海からしか行くことの出来ない小さな教会。










今は使われていない教会なので、撮影を許された。
五輪真弓のルーツはこの地区で、おじいさんはこの教会でオルガンを弾いていたとのこと。







奈留島の江上教会堂は小さな可愛らしい教会。
どの教会も島の中でも辺鄙な場所にある。
隠れ住むようにして信仰を維持してきたのだろう。
(近くに野茂英雄の実家もあったりする)




若松島の南にあるキリシタン洞窟は、信徒が迫害を避けて船でしか行くことの出来ない洞窟に隠れていたが、朝食を炊く煙を沖の漁師に見つかり通報され、厳しい拷問を受けた悲しい場所。




海上タクシーは上五島の南端に着き、ジャンボタクシーに乗り換え1時間かけて中心地の有川へ、一日目を終える。




夕食は鯨尽くし、新鮮な鮑やトロの高級食材くらべ、五島うどん付。







朝食前にホテルから5分の蛤浜を散歩。
白砂の遠浅のロングビーチは、潮が引いており波もとても静か。  




2日目はツアーを申し込んでいたが、他の人のキャンセルがあり、ガイドさんとタクシーの運転手さんとのマンツーマンで、丁寧に案内頂いた。




旧鯛ノ浦教会、運転手さんはこの地区の出身、小さい頃からこの教会で跪いて祈りを捧げていたとのこと。




上五島の人口は約1万8千人、そのうちの4分の1がキリスト教徒とのこと。
女性のガイドさんは仏教徒、男性の運転手さんはキリスト教徒、差別とか様々な生なことを聞くことが出来た。
隠れキリシタンと潜伏キリシタンの違い。
結婚なども改宗をしなければ出来なかったらしい。








目につかないが神社も多い。




亀山社中がグラバーから購入した練習船が、暴風にあって遭難した場所には、後日坂本龍馬が訪れ慰霊をしたらしく、祈りの竜馬像が建立されている。




ここからは車の乗り入れが禁止されている為、バスに乗り換え頭ケ島へ。










花に囲まれた美しいキリシタン墓地。







頭ヶ島天主堂は珍しい石造りの教会。
アメリカデイゴの花、そして紫陽花が花盛り。



冷水教会



青砂ヶ浦天主堂



トトロ岩



大曽教会

今も暮らしの中に息づく静かな祈りの島々、平穏の有難さを深く感じた旅だった。





二十六聖人祭や日は隠る

にじゅうろくせいじんさいやひはかくる


2 件のコメント:

  1. 瀑様、ご無沙汰しております。
    祖父が久賀島の蕨の出身で、私も30年ほど前に本家を頼りに遊びに行ったことがあります。
    磯でアワビやトコブシを採って食べたこと、親戚から振る舞われた自家製のさらし鯨が美味しかったことは覚えているのですが、五輪教会の記憶がありません。
    行ってないことはないと思うのですが。
    私達も福江島からは海上タクシーで渡りました。
    帰りは白タクで田浦まで行って、フェリーに乗りました。

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  2. 南骨さん、お久し振りです。
    お祖父さんが、久賀島出身だったとは吃驚です。
    五輪教会は五輪真弓のお祖父さんの出身地、教会でオルガンを弾いていたと聞きました。
    道は蕨からしかないようなので、お知り合いだったに違いない。
    五島に魅了されて帰って来ました。

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